☆ おどろいた! ☆

 You Tubeダウン症の子供と犬の映像を見た。

大きなラブラドールは、

時に甘えるように、

時に護るように、その子供に寄り添う。

子供の無垢な心と、犬の優しい心。

思わず、はじめてコメントなるものを書いた。


“「君は障害なんか持っちゃいない、

それは大人が決めたこと、だからボクと一緒に遊ぼうよ」

この犬はそう言っているように見えます”


 おどろいた!

“評価の高いコメント”として、トップページに表示された、

のみならず、多くの人の“声”が寄せられた。

殺伐と言われる世相のなかで、

こんなにも心優しい人達が沢山いることを知らされた。


このダウン症の子供とラブラドールの命と命の触れ合いは、

この子に奇跡を起こすかも知れない。

いや、きっと起こすに違いない。



 はっきりと覚えていないが、イギリスの諺だったと思う。


子供が生まれたら犬を飼いなさい、

子供が赤ん坊の時は、守護者として、

幼少時には、遊び相手として、

少年期には良き理解者として、

そして子供が青年になった時は、

己の死を以って命の大切さを教えてくれるだろう。



 数日後、もうひとつ驚いた!

『評価の高いコメント』の順位が一位から二位へと入れ替わった。

“評価する”の数は相変わらず一番多いのだが“評価しない”の数も多い。

調べてみると、“評価する”から“評価しない”を差し引いた数で順位が決まる。

“評価しない”声は

「これはヤラセではないか」

「この子供がダウン症だと犬に解るワケがない」

「この犬は子供が好きなだけ」等々。

ハラワタが煮えくりかえったコメントは、

「犬くらいだろうな、こんな人間を相手にするのは」


たしかに、ほかにも犬や猫が子供と戯れる動画は数多くある、

それらは微笑ましく、心安らぐものだ。

だが私のコメントは、無垢な心の触れ合いが、

このダウン症の子供の心を少しでも開くことができたら、

と言う私の“思い”を文字にしたものである。

 文章の価値と言うものは、100%読み手の感性に委ねられている。

画像は事実を伝えてはいる、

だが真実まで伝えることはできるのだろうか?

真実を伝えることのできない自分の文章の拙さを思い知らされた。