【恐ろしい女性】の話 !その1

 ○○がないと、あなた自身幸せになれません、

まして他人を幸せにすることなど、夢のまた夢。

容姿が優れていても、知識が豊富であっても、経済力が豊かでも、です。

それらは一時的に人を引き付けることは出来るかも知れません、

でも○○がないと、ひとの心を引きとめておくことはできないのです。
 
それはあなたを謙虚にし、相手を慮ることに繋がります。


 

かつてクラブホステスをしていたある女性の言葉である。




 人生で避けて通れない他人との触れ合いのなかで、

ひとの心を掴むにはどうしたら良いのか、

そのためにはどんな行動が必要なのか。

その答えは彼女が夜職故身に付けた、所謂“テクニック”では決してない。

言葉の合間、そして彼女の人柄がそれを明確に否定する。


 人間の感性とは、

どんな環境で育ったか、

どんな人に会い、どんな話を聞いたか、

どんな本を読んだか、どんな音楽を聞いたか、

どんな景色をみたか、どんなものを食べたかetc

によって育まれる。



それが“豊かな”領域に達するには自ずと多くの時間を必要とする。

 だが若くして、

それを身に付けてしまった彼女に、驚嘆を通り越して、

ある種の【恐ろしさ】を感じたのである。


彼女の説く、ひとの心を掌握する“コツ”は

男女間の、などという狭義なものではなく、あらゆる人間関係、

とりわけビジネスの世界においても、

言い得て妙である。


もし、世の経営者に「優れた営業マンを育てるには、あるいは女子社員に

大切なお客様を接待する方法を学ばせたいが、どうしたら良いか」

と、問われれば躊躇なく彼女の“ひとの心をつかむコツ”を

聞くことをお勧めする。


一例をあげれば「ひとを、おもてなしするときは、

絶対に“一期一会”であってはいけません」

と説く(その訳は別稿に詳述)

また私が数十年かけて気付いた『激昂した相手と対峙する時のコツ』を

私と親子ほども齢の違う彼女はすでに会得している。




さらに、あることに気が付いた。

彼女の言葉のリズムである。

それは、軽快なテンポ? いや違う。

世の中の全ての清濁を受け容れ、とうとうと流れる大河のごとき、

ゆったりとしたリズム。

あたかも人間が生来内包している、

生命の脈動にも似たリズム、

と言えば少しは的を射ているだろうか。

それは昂ぶった気持ちを鎮め、

得も言われぬ安堵感を与えてくれる。

さらに押しとどめようのない、その流れは

人を行動へと導く力を持っている。


実名で紹介したいのが本音なのだが、私の稚拙な表現力のために、

読む方に誤解を与え、彼女を傷付けることになるやもしれない。

そのため、敢えてIさんとした。

尤も彼女の心の広さは、そんなことを意に介さないだろうが。


ただ、私の文章力の貧しさゆえ、書いたものが曲解され、

苦い思いをしたことは一度や二度ではない。

受け手の価値観までは伺い知れないのである。




 数年前、動物の命を通じて、昨今の“いじめ”を考えるきっかけになればと、

拙い本を出したことがあった。


100冊が私の『取り分』としてあったので、

国や地方公共団体教育機関、あるいは動物愛護に関する出先機関

無作為に選んだ全国の動物病院、里親探しのボランティア団体、

そして私を育ててくれたこの地への恩返しも込めて、

これも無作為に選んだ地元のいくつかの動物病院、

幼稚園、小中学校の先生方へ拝呈した。


驚くべき結果であった。



教育委員会をはじめ、校長先生への手渡し、不在のときは依頼、

あるいは郵送。


偉い教育者”といわれる方々から、

受け取った、と言う連絡をいただいたのはほぼゼロに近い。


御礼を言って貰いたいのではない。


だが、モノを、いや、気持ちをいただいた時は、

せめて言葉を返すようにと、幾代も昔から子が親に教わってきた筈である。

そして、その礼を次代に伝えてゆくべき人達である筈だ。

(こんな駄文は読むに値しない、と言われればそれまでだが)



最低の礼さえ弁えないお役人や有識者といわれる人達が

仕事の一部として、給与の代償として

「命を大切にしましょう」「いじめは止めましょう」

とのたまっているのだ。

この国では、こう言う人達が“教育者”として君臨し、

子供達を指導している。

いじめの根絶にハードルは高い。


だが、里親探しのボランティアや獣医師の方々は違っていた。

ホームページで紹介してくれたり、

あるいはコメントを添えて、

ほぼ100パーセント近い御返事をいただいた。


生業としてだけではなく、

命の素晴らしさを、そして儚さを目の当たりにし、

日々動物達の命と真摯に向き合う姿がみてとれる。

とりわけ東京のK動物病院院長の

「厳しい現実を飼い主に伝える時はいつも辛いものです」

の言葉には目頭が熱くなった。


また地元のM獣医科医院では、

安楽死させて下さい」と運ばれてきた、

事故で下半身不随になった(我が家のネコ同様)ネコを引き取り、

手当後、病院のマスコットとして命の灯を繋いでいる。



付け加えれば、私のこの行為を、

売名行為と断じたひともゼロではなかった。

まさしく彼女の言う、

○○のある人と、無い人の違いを思い知らされたのである。


扨、○○とは?




続く。