震災と性善説
災害に逢った方々を助ける人達、
遠く離れたところでさまざまなかたちで支援活動をする人達。
さらに、自ら被災したにも拘らず、他の被災者に手を差し伸べる人達。
人間は非常時、極限状態の時にとる行動がその人の真の姿であると言われます。
ならば人間は生まれながらにして、その本質は“善”であるに違いありません。
いえ、そう信じたいのです。
“善”とは命を護り、慈しむことを根源とした価値観であると思います。
犯罪を犯す人、道徳に背く人、
その人達の心の中にも“善”はあるはずです。
しかし、心が病んでいるが故に、それが小さく押しつぶされて
心の片隅に追いやられてしまっているのだと思います。
共に生きたい、共に喜びを分かち合いたい、
そんな誰の心の中にもある“善”が形になったものが、
今、様々な形で救援に携わる人達の姿ではないでしょうか。
日々の生活のなかで、
ともすれば心の中で小さくなりそうな“善”を
この人達の姿が膨らませてくれたような気がします。